オス殺し細菌の進化を支えたバクテリオファージの発見

オス殺し細菌の進化を支えたバクテリオファージの発見

 国立大学法人中国竞彩网大学院農学研究院生物制御科学部門の井上真紀教授と日本学術振興会特別研究員の新井大 (2020年度中国竞彩网大学院連合農学研究科修了)、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研?早大生体システムビッグデータ解析オープンイノベーションラボラトリ:https://unit.aist.go.jp/cbbd-oil/)の竹山春子ラボ長、安佛尚志副ラボ長、西川洋平研究員らで構成された研究チームは、早稲田大学、茶業改良所(台湾)、京都大学、農研機構との共同研究により、昆虫のオスを殺す細菌がもっている、全く新しいバクテリオファージを発見し、これまで知られていなかったファージ遺伝子の機能を明らかにしました。この成果により、今後、性決定システムをターゲットにした新しい害虫防除手法の開発や、ウイルス学、進化生物学への貢献が期待されます。

本研究成果は、iScience(5月10日付)に掲載されました。
論文タイトル:Combined actions of bacteriophage-encoded genes in Wolbachia-induced male lethality
URL:https://doi.org/10.1016/j.isci.2023.106842

背景
 昆虫のからだを構成する細胞には、様々な共生微生物(細菌やウイルス)が感染しています。これらの共生微生物は昆虫にメリットを与えることもありますが、自身の都合が良いように昆虫の生殖を勝手に操作してしまうことがあります。細胞内共生微生物はメス昆虫が産む卵を介して次世代に感染を拡大するため、自身の感染拡大に貢献しないオスは邪魔な存在になります。そこで、ある種の共生微生物は、昆虫が卵から発生する過程でオスだけを殺してしまう、オス殺し(注1)と呼ばれる戦略を持っています。昆虫に感染する様々な共生微生物がオス殺し能力を持っていますが、どのようにオスを殺すのか、どのようなプロセスを経てオス殺し能力を獲得したのかは明らかになっていませんでした。
 今回研究に使用した共生細菌Wolbachia(ボルバキア)(注2)は、様々な昆虫にオス殺しを引き起こすことが知られています。お茶の害虫(蛾)であるチャハマキ(ハマキガ科)には、極めて近縁なオス殺しWolbachiaとオスを殺さないWolbachiaが感染していることを研究チームは突きとめていました。しかし、どのような要因(原因因子:遺伝子やタンパク質)がオス殺しの有無を決定するのかはわかっていませんでした。

研究体制
 中国竞彩网、産業総合技術研究所、早稲田大学、茶業改良所(台湾)、農研機構、京都大学により実施されました。
 本研究の一部はJSPS科研費 特別研究員奨励費(19J13123、21J00895)、若手研究(22K14902)、基盤研究(S) (17H06158)およびJST ERATO (JPMJER1902) の助成を受けて行われました。

研究成果
オス殺しに関わるファージの発見
 研究チームはチャハマキに感染するオス殺しWolbachiaと非オス殺しWolbachiaのゲノム(注3)をシングルセルゲノム解析技術(注4)を駆使して解析し、オス殺しWolbachiaのみがもつ領域を特定しました(図1)。興味深いことに、この領域が細菌ゲノムの中に組み込まれた(プロファージ化した)バクテリオファージ(ファージ)(注5)であることがわかりました。この発見は、Wolbachiaが昆虫に引き起こす利己的な適応戦略であるオス殺しが、ファージによって駆動されてきたことを意味しています。これまで宿主に直接働きかけるウイルスは数多く研究されてきましたが、本研究は、ウイルスが宿主である共生細菌を通して昆虫の生殖を操作するという、非常に興味深い3者からなる共生現象を明らかにした点で意義があります。この発見は、生物の根幹をなす共生関係の発達にウイルスが大きく貢献してきたことを明らかにし、今後のウイルス学における研究の方向性を変える潜在性を持っています。

複雑なオス殺し現象
 研究グループは、オス殺しファージ(80個程度の遺伝子からなる)がメイガのオス殺しに関わるOscar(注6)とショウジョウバエに毒性を示すwmk(注7)のホモログ(類似した遺伝子)を持つことを明らかにしました(図2)。これらの因子の機能を、キイロショウジョウバエの体内でタンパク質を大量に作らせるGal4/UASシステム(注8)を活用して調べたところ、まずwmk遺伝子にはキイロショウジョウバエに全く影響がないものと、オスだけでなく、大部分のメスも殺してしまう2つのタイプが存在することを発見しました。興味深いことに、隣り合ったwmk遺伝子ペアをキイロショウジョウバエに一緒に作用させると、メスの生存率が大きく回復する一方でオスはほとんど致死することが分かりました。ファージ遺伝子の相互作用によって、オスとメスに対する影響が制御されている可能性があります。一方で、オス殺し遺伝子Oscarは、キイロショウジョウバエのオスを殺せないことがわかり、Wolbachiaのオス殺しメカニズムが昆虫種間で大きく異なることが見えてきました。Wolbachiaのオス殺しメカニズムの全体像は明らかでありませんでしたが、本研究により、ウイルスと細菌、昆虫をめぐる進化的なせめぎ合い(進化的軍拡競争(注9))によって、Wolbachiaのもつ多様なオス殺しメカニズムが生まれたことが示唆されました。
 
今後の展開
 本研究の成果を基盤として、Wolbachiaをはじめとする共生微生物がもつオス殺し原因因子の探索をもとに、より詳細なオス殺し分子メカニズムの解明が期待されます。微生物と昆虫の生殖をめぐる、あたらしい進化生物学および微生物学の展開が期待されます。さらに、微生物のオス殺しを模倣した、昆虫の性決定システムを標的とする新たな害虫防除技術の開発を図ることができます。

用語解説
注1)微生物に感染したメスが産んだオスが発生過程で致死する現象。
注2)αプロテオバクテリア鋼に属する細胞内共生細菌。全昆虫種の4割以上に感染し、オス殺しをはじめ様々な影響を引き起こす。最近では、デング熱など蚊媒介性ウイルスの防除にも活用されている。
注3)ある生命を形作るために必要な最小限の遺伝子セット。Wolbachiaは環状2本鎖DNAをもち、ゲノムの大きさは1.5メガベースペア(150万塩基対)ほど、大腸菌の1/3程度の大きさである。
注4)細菌を微小な液滴に封じ込めることで、1細胞ごとにわけてゲノムを解析する技術。日本産チャハマキには、オスを殺さない3株のWolbachiaが共感染しているため、本技術を適用することで初めて、それぞれのWolbachiaがもつゲノム情報を決定することが可能になった。
注5)細菌に感染するウイルス。細菌に感染して殺してしまう溶菌作用と、細菌ゲノムの中に入り込む(プロファージ化)溶原作用をもつ。ほとんどのWolbachiaはプロファージを持っており、このプロファージは環境刺激を受けると溶菌サイクルが動いてウイルス粒子を形成し溶菌する。
注6)アワノメイガのオス殺しWolbachiaから見つかったオス殺し因子。メイガのもつオス化遺伝子masculinizer(Masc)の機能を阻害することでオスを殺す。
注7)ショウジョウバエの非オス殺しWolbachiaから見つかった病原性因子。ショウジョウバエで強制発現させると、3割程度のオスが致死する。
注8)酵母に由来する転写活性化因子GAL4タンパクによってUAS配列下流に導入された遺伝子を強制発現させるシステム。
注9)生物間の敵対関係を通じて、ある形質とそれに対抗する形質が共進化すること。

図1:共生細菌Wolbachiaのオス殺しに関わるファージの発見
図2:ファージがもつ遺伝子とその機能。

◆研究に関する問い合わせ◆
中国竞彩网大学院農学研究院生物制御科学部門
教授 井上 真紀(いのうえ まき)
TEL/FAX:042-367-5619
E-mail:makimaki(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp ?

関連リンク(別ウィンドウで開きます)

?

中国竞彩网