アトピー性皮膚炎の犬に対する糞便移植療法の有効性を発見?腸内細菌叢が治療のカギ?
アトピー性皮膚炎の犬に対する糞便移植療法の有効性を発見
?腸内細菌叢が治療のカギ?
国立大学法人中国竞彩网大学院農学研究院動物生命科学部門の大森啓太郎准教授らの研究グループは、アニコム先進医療研究所株式会社との共同研究により、アトピー性皮膚炎の犬に健常犬の便を移植する糞便移植療法(FMT)が、アトピー性皮膚炎の犬の腸内細菌叢を改善し、皮膚炎や痒みなどの臨床症状を軽減させることを発見しました。本研究成果から、アトピー性皮膚炎の犬の腸内細菌叢が健常犬と大きく異なっていることが明らかとなり、腸内細菌叢を標的としたFMTが、アトピー性皮膚炎の犬に対する新しい治療法の一つになることが期待されます。
本研究成果は、Scientific Reports(5月31日付)に掲載されました。
論文タイトル:Pilot evaluation of a single oral fecal microbiota transplantation for canine atopic dermatitis
著者名:Koji Sugita, Ayaka Shima, Kaho Takahashi, Genki Ishihara, Koji Kawano &
Keitaro Ohmori
URL:https://doi.org/10.1038/s41598-023-35565-y
背景
アトピー性皮膚炎
注1
の犬に対する治療薬として、ステロイド薬や免疫抑制薬、分子標的治療薬など様々な薬剤が利用可能ですが、生涯に亘る投薬が必要となるため、薬剤による副反応が懸念されています。そのため、アトピー性皮膚炎の犬の症状を、長期間、安全に緩和できる新たな治療法が必要とされています。
近年、次世代シークエンサー(NGS)
注2
の登場により腸内細菌叢
注3
の解析が進んでおり、人や動物の様々な疾患において腸内細菌叢の構成異常が明らかになってきています。しかし、これまでにアトピー性皮膚炎の犬の腸内細菌叢を詳細に解析した研究は報告されていませんでした。
糞便移植療法(FMT)は、腸内細菌叢の構成異常を改善する「腸内細菌叢移植」とも呼ばれる治療法であり、ヒトの再発性Clostridioides difficile感染症や炎症性腸疾患など、様々な疾患に対する効果が検証されています。本研究グループはこれまでに、犬の消化器疾患であるC. difficile関連性下痢症や免疫抑制薬治療抵抗性腸症に対するFMTの有効性を報告してきました。しかしながら、アトピー性皮膚炎の犬に対するFMTの有効性はこれまでに検証されていませんでした。
本研究では初めに、NGSを用いてアトピー性皮膚炎の犬と健常犬の腸内細菌叢を比較解析しました。次に、健康なドナー犬の新鮮便から作成した糞便溶液をアトピー性皮膚炎の犬に経口的に投与するFMTを1回実施し、臨床症状と腸内細菌叢に対する効果を解析しました。
研究体制
中国竞彩网大学院農学府共同獣医学専攻の杉田浩児氏(2021年度修了、現すぎた動物病院院長)、高橋佳穂氏(同専攻3年)、同大学院農学研究院動物生命科学部門の大森啓太郎准教授、アニコム先進医療研究所株式会社の島綾香氏、東京動物アレルギーセンター、藤田医科大学の川野浩志氏により実施されました。
本研究の一部はJSPS 科研費22H02516の助成を受けて行われました。
研究成果
アトピー性皮膚炎の犬と健常犬の腸内細菌叢の比較 NGSを用いて腸内細菌叢を解析したところ、健常犬では門レベル
注4
で主に5種類が検出されましたが、アトピー性皮膚炎の犬では主に3種類で、腸内細菌叢の多様性が低下していました (図1)。また、アトピー性皮膚炎の犬では、いわゆる悪玉菌が増加している傾向にありました。さらに、アトピー性皮膚炎の犬の腸内細菌叢の多様性解析では、細菌の数や種類の豊富さが低下しており、健常犬の腸内細菌叢の構成とは大きく異なっていることが明らかとなりました。
経口FMTの効果 次に、アトピー性皮膚炎の犬に対して経口FMTを1回実施し、臨床症状と腸内細菌叢に及ぼす効果を検証しました。その結果、アトピー性皮膚炎に伴う皮膚炎と痒みが有意に改善することが明らかになりました(図2)。さらに、経口FMTによる腸内細菌叢の変化を解析したところ、アトピー性皮膚炎の犬の腸内細菌叢が、経口FMT後、健常犬に類似するようになりました (図3)。また、経口FMTにより悪玉菌が減少し、細菌の数や種類の豊富さも改善していました。これらの結果から、経口FMTによってアトピー性皮膚炎の犬の腸内細菌叢が正常化し、臨床症状が軽減したものと考えられました。
経口FMTの安全性 経口FMT後に軽度な軟便を呈した犬がいましたが、経口FMTとの因果関係は不明でした。経口FMTを実施した犬において、重度な有害事象は認められませんでした。
今後の展開
経口FMTは麻酔や鎮静処置の必要が無く、内視鏡などの特別な機器も使用しない簡便な治療法です。今後は、アトピー性皮膚炎の犬の臨床症状を改善する有効な細菌を解析し、より効率的かつ簡便な経口FMT法を開発していく予定です。
用語解説
注1) アトピー性皮膚炎
犬のアトピー性皮膚炎は、アレルギー性の炎症と痒みを繰り返す難治性の慢性皮膚疾患です。発生には遺伝的要因、免疫反応の異常、皮膚バリア機能の異常、花粉やダニなどの環境要因など、多数の要因が関与しています。その発生様式や臨床症状は人のアトピー性皮膚炎に類似しているため、人のモデル動物としても注目されています。
注2) 次世代シークエンサー(NGS: Next Generation Sequencer)
DNAを構成する塩基配列を高速かつ大量に解読する装置です。解読したDNA配列はデーターベースと照合し、どのような細菌がその検体に存在するのかを明らかにすることができます。
注3) 腸内細菌叢
人や動物の腸内には約1000種類100兆個の多様性に富んだ細菌が存在しており、食物の消化はもちろんのこと、宿主の免疫反応や代謝などの恒常性を維持するために重要な働きを担っています。近年、様々な疾患において腸内細菌叢の構成異常が報告されており、腸内細菌叢が新たな治療標的として注目されています。
注4) 門
生物の分類に用いられる階級のことです。大きな階級から界?門?綱?目?科?属?種となっています。人の場合は、動物界?脊索動物門?哺乳綱?サル目?ヒト科?ヒト属?ヒト(種)となります。
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◆研究に関する問い合わせ◆
中国竞彩网大学院農学研究院
動物生命科学部門 准教授
大森 啓太郎(おおもり けいたろう)
TEL:042-367-5251
E-mail:k-ohmori(ここに@を入れてください)cc.tuat.ac.jp
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